お金持ちになるのは難しいけど、時間持ちになるのは簡単なんだよね
働かなくていい自由があるなら、ニートを責めたりいじめたり叩いたりしていい自由もあるというカウンターもあるけど、身体的自由権や公共の福祉ルール、平等権がある限りその考えは棄却されちゃうんだよねー。
働かなくていい自由がある。←合法
ニートを責めたりいじめたり叩いたりしていい自由もあるから叩きます。←違法
法律を抜きにして憲法解釈をするとしても自由権と自由権の衝突の場合は基本的に公共の福祉の介入があるから。
細かい法律で裁いていくのは裁判所の仕事なので何か物事の善悪をつける場合は、
私の場合は憲法を軸に考えるか、憲法やモラルを取っ払って考えるかしています。
こういう法律があるからいけないというより基本原則に立ってみて考えたいのです。
小屋暮らしのかつやどんが住民に怒られたのは、住民側の気持ちは分かるけれど一方的に恨みつらみをぶつけたならおじいちゃんが悪いと思ってしまう。かつやどんには働かない自由があるのだからその自由を奪ってはいけない。
Bライフのかつやさんのブログです。
これも自由権という考え方で結論出してるなぁ。
お金持ちになるのは難しいけど、時間持ちになるのは簡単なんだよね
お金持ち(日本だと年収2000万円くらいとしておこうか)といえる層に入るのって難しい。
でもプライドを捨てれば仕事を辞めて自由になれる。沢山の時間を使えるようになることはほとんどの人が可能である。
お金持ちになれないなら中途半端に働いてせっかくの時間を労働にまわしちゃう位なら
好き勝手生きる道を選ぶことも幸せになるための一つの選択だと思います。
少子化の影響で子供1人にお金をかけるようになった分、家庭教師の需要は高くなった感じがする。そして学歴を持ち安定した会社で働く人が仕事を辞めてまで不安定な専業プロ家庭教師にならない。つまりより需要が高まるのである。
100人が左へ進む時に1人で右へ進める人って結構な得ができる。それって経済の原理。
私はアダムスミスの考え方が好きなので需要と供給の基本原理で物事を考えることって重要で、他人を見ているとあまり需要と供給ということを意識していない気がします。
その時点で意識している人は圧倒的に優位な気がします。ただし、株などは基本原理を意識している人の中でのゼロサムゲーム以上の事をするから私はそれにはクビを突っ込まない方が利口だと思っているのです。それなら他に時間を使いたいです。
損得勘定が働くフィールドでは基本的には自分の有利な対面には時間や労力を使い、苦手対面からはいかに時間と労力を使わないかって重要な気がします。
朝はハムトースト。パンは一枚10円程度ハムは不揃いの切れ端の為元々価額が安いのを半額購入の為ハムトーストは30円もしない。お昼ご飯は冬季講習で家庭でご飯がでるので食費は今月あまりかからない。
安く満足できるルーティーンメニューがあるといいんじゃないかな?
公民について生徒に働かなくても罰せられないの?と質問されたけど労働はあくまで義務であるし憲法で自由権がある以上働かない自由があるから働かない人を叩くことは良くないし、ニートを逮捕なんて憲法や法律を無視したやり方なのだよ。
ニートが悪と語る人って視野が狭いと思ってしまう。
ニートって結構世の中の役に立っているのにね。
お歳暮の季節とかなんとかで先生という立場上お歳暮を頂く。
お口に合うか分かりませんがという枕詞をつけて頂くが、普段貧乏生活の身からすれば伊藤ハムとかGODIVAなどの贈り物は大変豪華であり自分の身分にあってないという意味では分不相応なのかもしれない
普段が質素な生活であるとたまに得ることがある高級食材にかなりのありがたみを感じます。もし毎日リッチな生活ならここまで喜べないという意味では普段が質素であることって重要なのではないだろうか。
自分の場合はいくら稼ごうかそれに対して金銭感覚が大きく変わる事はない。しかし人はお金を持つと変温動物のようにそれに付随し金を使い破綻する。私の場合は半額家賃、半額お惣菜はずっと止められない。もう習慣とか慣習とかそういうものなのだ
習慣や慣習となるならいくら稼いでも金銭感覚が変わることがないということだね。
芸能人でもお金を持ち始めて性格が変わったり事件を起こしてしまう人もいる。
成功者から学ぶことも大切かな。
12/21~12/31